小松直行の週刊オフチューブ ?世界で一番ユニークな優勝杯を掴め!?
2015年1月22日(木)午後2:15
LIVE FROMのMCや欧州ツアー中継の実況を担当している小松直行アナウンサーが、欧州ツアーの最新動向や見どころ等を、小松アナならではの視点でお届けします。
目次:
■カタールマスターズで世界で一番ユニークな優勝杯を掴め!
■「ゴルフはツキ次第」とキロスは言った。
■小松の小耳:“棚ぼた"とは言えないG・スタルの初優勝
■こまつのソラミミ♪
コマーシャルバンク・カタールマスターズ
エメラルド色のペルシャ湾に突き出した半島の国、カタールが今週の舞台。
首都ドーハはかつて真珠やエビを捕る小さな漁村だったそうですが、60年代の終わりに港が建設されて、湾岸諸国をいきかう貨物の積み下ろし港として発展してきました。
ゴルフは40年代末に石油採掘関係者によって始められ、80年代にはカタールオープン選手権が始まりました。出場者は海外から来ている石油関係の技術者ばかりだったそうですが、かなりの盛況で出場者も多く、日没までに試合が終わらない事もしばしばだったとの事。その後、 首都ドーハの北西8km、空港から20分のウエストベイラグーン・エリアに、初の芝コースであるドーハGCがつくられ、1996年に開場。カタール五輪委員会が統轄し、ゴルフ協会の本拠地となっています。1998年から欧ツアー公式戦であるこの試合が招致され、今年は18回目となりました。世界スポーツの一大拠点となることを目指しているカタールは、2006年アジア大会開催。2022年のサッカー・ワールドカップの招致にも成功しています。
■□■追記情報!■□■
アメリカ フロリダ州(現地時間1/20?1/23)にて開催されていたPGAマーチャンダイズショーに来ていた欧州ツアー最高経営責任者「ジョージ・オグラディ氏」が、米フロリダ ゴルフチャンネルのスタジオに登場!
PGAマーチャンダイズショーと同週に開催していた欧州ツアー「カタールマスターズ」の中継をご覧になったジョージ・オグラディ氏(中央)と、解説のレックス倉本さん(左)、実況そしてこのオフチューブの筆者 小松直行さん(右)。
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黄金の“マハラ・トロフィー"
カタールマスターズ優勝者に授与されるのは、真珠を抱く阿古屋貝をかたどった黄金の“マハラ・トロフィー"です。
かつては天然真珠で生計を立てていた小さな漁村であったドーハは、1920年代に日本の養殖真珠が天然産と変わらないことが世界で認知されはじめて寂れかけたといいますが、1940年代、砂漠の下に眠る数兆バレルという石油が発見され、いまでは世界で第3位の天然ガス産出国ともなっています。
世界のゴルフトーナメントのなかでもユニークなこの優勝杯を1998年に最初に掴んだのはスコットランドのアンドルー・コールタート。翌年は全英オープンに勝つことになるポール・ローリーが年初にマハラトロフィーを掲げました。ローリーは2012年に2勝目を上げてライダーカップ出場を勝ち取りました。
カタールマスターズはベテランにとって復活の起爆剤的優勝の舞台にもなっているようで、ゴルフへの情熱を失いかけていたトーマス・ビヨーンが、2011年にここで勝って自分を確認し、自信を取り戻したと言っていました。2004年大会は私も実況中継をしながら手に汗握った年でした。
当時、欧州ツアーのレギュラーだった佐藤信人選手が3日間首位を続け、最終日はラファエル・ジャクランとの最終組。先にスウェーデンのヨーキム・ヘグマンが65の猛チャージで16アンダーであがっていて、両者、最終ホールをイーグルにできればプレイオフ、しかしジャクリンはパーで3位タイ、佐藤選手はバーディーに終わって単独2位となりました。
ドーハGCの最終ホールはパー5。“逆転サヨナラ・イーグル"の興奮も2度、ありました。2007年のレティーフ・グーセン、2013年のクリス・ウッド。先週のアブダビのどんでん返しもありましたから、今週も最後まで見逃せませんね!
【コマーシャルバンク・カタールマスターズ 放送日時】
1日目:1月22日(金)午後4:00?8:00
2日目:1月23日(土)午後4:00?7:00
3日目:1月24日(日)午後4:00?7:00
最終日:1月25日(月)午後4:00?8:00
「非常に難しいですね。議論のあるところでしょうし、結論は出ない。球がホールに蹴られるか、かろうじて入るか、ということに関していうなら、運だと思う。5メートル、7メートルなんていうパットで、5ミリ幅をコントロールすることは誰にもできない。だから私の考えでは、きのう、きょうと連続で2ホールも3ホールもパットが決まる、というのはツキです。芝面に完璧はありえないので、コントロールできないこともあるのです」
前週のアブダビ・ゴルフ・チャンピオンシップではホールインワンをものにした。
明けて水曜日に26歳の誕生日を迎え、ツキは初日からキロスのものだった。
二日目の最終18番パー5で、刻みの第2打はプルで池に飛んだが、岩に跳ねてフェアウエイに戻り、そこからバーディーにした。 サードラウンドには9番でティーショットをひっかけた。球は灌木の中の胸の高さほどの枝に引っかかって止まっていたが、結果はパー。
岩盤むき出しの砂漠をダイナマイトで吹っ飛ばしてつくったドーハGCには、アリゾナから船で運ばれた66本の巨大なサボテンと1万本の樹木、3万2000本の灌木がある。すべてが植樹されたもので、つねに強い風にさらされるために多くは添え木に固定されている。
ローカル・ルールでは、添え木にくくりつけられた木とサボテンは「動かせない障害物」扱いとなり、規則24条2項の適用で無罰の救済だ。
キロスの球のある木も添え木付きだった。そうでなければアンプレイアブルとして1打の出費となったところだ。 ニアレスト・ポイントを決める時にさらにツキが作用した。もう一本の、やはり添え木のある灌木の裏側にならずにすんだので、フェアウエイに打てて距離も稼ぐことができた。
ということで、その日の記者会見では、勝つにはツキが必要かと思うか、という質問が出た。その答えが冒頭である。ラッキーだった、今週ここまではツイてると言っていた。
初日が4バーディー、1ボギーの69で15位タイ。二日目にあがり3連続バーディーで67にした後、こんなふうにも言っていた。 「練習の仕方は間違っていないし、パッティングも冴えてる。ツイてるときもあれば、ツイていないときもある。いいスコアになるかどうかの差というのは、ただそれだけのことだと思います。突如として、スコアになるというわけです」
「天気の悪かったのは残念だけれど、わかりませんよ、もしツキがあるのなら、ね」
2部のチャレンジツアーから昇格を決め、Qスクールにも行って出場優先順位をあげたキロスは、2006年末、南アフリカでのアルフレッド・ダンヒル・チャンピオンシップでいきなりの初優勝を遂げた後、ケガのために半年近く戦線離脱していた。 その空白期間と、桁違いの飛距離が目立つことが相俟ってか、“一発屋"的な印象が先行していたが、前年10月のポルトガル・マスターズから3か月でキャリア3勝めが来た。そのときの最終日はR・カールソン、R・フィッシャーとの最終組で一歩も引かず、あがり連続バーディーで3打差の勝利。
今回も上がり際に2つ伸ばして3打差。しかも、S・ガルシア、L・ウエストウッド、H・ステンソン、R・カールソン、P・ケイシー、さらにはE・エルス、R・グーセン、A・スコットといった世界のトップたちのひしめくフィールドでの優勝だ。
世界ランキングは74位から一気に28位に浮上。これで2009年のメジャー4試合にはすべて出場できる見通しとなった。
スパイ・アクション映画が好きで、とくに007がお気に入り。この週も誕生日祝いにガールフレンドからもらったピアース・ブロスナン主演のシリーズを観ていたという。最終ラウンドの前に観たのは『トゥモロー・ネバー・ダイズ』。
湾岸キングの面目をかけて、H・ステンソン:先週のアブダビが新年の初戦だった世界2位のヘンリク・ステンソンは、初日の出だしのパー5でダブルボギー。ノーバーディー、2ボギーの76というひどい仕事始めだった。二日目はバーディーでスタートして68で上がったが、カット落ち。つい2か月前のドバイであれだけ見事な勝ち抜き方をしてみせてくれたことを思うと、意外ではあるが、思えば去年も同じパターンだった。ツアー最終戦ドバイで圧倒的な勝ち方をしたあと、年明け初戦アブダビでカット落ち。同じパターンなら、今年のステンソンも期待できると言えるかもしれないが、本人は「休み明け回復中50%」と言いつつ、今週もアーニー・エルスと初日、二日目を一緒に回る事を喜んでいる。ディフェンディング・チャンピオンのセルヒオ・ガルシアも加わるとあって、ともに欧州ツアーを代表してきた仲のいい盟友たちとのプレイを楽しみにしている様子。ともにアメリカが大勝負の舞台ではあっても、文字通り世界中で試合のある欧州ツアーの仲間と世界各地で会って一緒にプレイするということが、同時代を生きる仲間意識を育み、強めるのだろう。エルスとステンソンは中東で4勝。ステンソンとしては二代目湾岸キングとして、先輩エルスの一歩前に出る事も願っている。カタールでは2006年優勝、2位が3回。得意のコースだ。
アンクル・トリス、D・マグレインが手首故障:アイルランドのベテラン、“アンクル・トリス"ことダミエン・マグレインは新年早々、母国のコースで手引きカートを取り回しているときに左手首をひねってしまった。腫れていてアブダビ出場は危ぶまれたが抗炎症剤で押さえ込んでアブダビは4日間プレイできて55位タイに終わった。今週、医師の診断を受けるとの事。アイルランドの味のあるベテランたちの活躍には、今年も期待したいところ。ちなみに、“アンクル・トリス"は、同じアイルランドのP・マギンリーのニックネーム、“ミスター・ビーン"の向こうを張って、我がレックス倉本が命名。年配のゴルフファンならニヤリと笑えるキャラクターですな・・・。
<資料:http://www.golfbytourmiss.com/ 2015年1月21日付>
次のライダーカップを目指すS・ギャラカー:スコットランドのスティーブン・ギャラカーは年明けにカリフォルニアのテーラーメード社を訪れて新クラブのフィッティングは万全。今年一年分の衣装プランもシューズも決まって、本人曰く「いやあ、スゴいぜ」。パッティングを見てもらっているデイブ・ストックトンにも会えた模様。去年は一生に一度あるかないかという母国開催のライダーカップにキャプテンピックで初出場を果たした。可能な限り試合に出続け、走り続けて目標達成した一年を終え、5週間の休みを取ったギャラカーは、2016年のラーダーカップ自力出場へ向けて意欲的だ。「メジャーは2つしか出られなかった去年と違って、今年はこの時点で4つとも出場できるので、もっと有利に事を進められると思う」。来週は、ドバイデザートクラシック3連覇に挑む。そこからマレーシアオープンへ出て、2月末のホンダクラシックの招待枠を狙っている。
<資料:http://www.golfbytourmiss.com/ 2015年1月21日付>
G・スタル、亡き母へ捧げた初優勝:先週のアブダビ最終日、ゲイリー・スタルは5ホールを終えた時点で、すぐ後の最終組のマーティン・カイマーに10打差をつけられていたが、そこから6ホールをプレイして11番ホールを終えたときには1打差の単独首位に立っていた。カイマーのまさかの崩落で掴んだ初勝利ではあったが、16番でバーディーを決め、上がりホールをこなしていく様子は見事だった。結果的に世界一のR・マキロイを一打差でしのいでの初優勝だったのだ。直後のインタビューでは、両親のことを聞かれた途端、堪えていたものが溢れ出したように涙がこぼれた。「最後のパットを沈めた時、私を見ていてくれた人たちの事を考えていました。私の母は、去年私がウエントワース(5月のBMW・PGAチャンピオンシップ)に出ているときに死んだんです。私がプレイしている最中に逝ってしまったんです。だから、ずっと母のことを考えていた・・・・・」。涙でそれ以上話せなかったスタルは、母クリスティーヌさんを思いながら初優勝のプレッシャーをはねのけて勝ったのだった。トーナメントの中継中にそうしたことをうかがい知る事は難しいし、もし伝え手の我々がそれ知っても、ことさらにそうしたストーリーを強調するのも私の流儀ではないけれども、優勝の影にはつねにプレイヤーたちの思いがあるのだということを、あらためて私は思う。試合の結果だけなら、ネットをチェックすればすむ。でも、同じ時代に生きていて彼らのプレイを見る我々には、トーナメントの様子をライブで見つめながら、共感できる何かを感じ取る事こそゴルフを観る意味だと思う。
<資料:アブダビ・ゴルフチャンピオンシップ記者会見スクリプト、2015年1月19日>
新コラム:「えっ、何か言った?」・・・・ゴルフ中継で気になる用語をチェック!
「オーバードライブ」
19世紀末に日本に伝えられた当初から、ゴルフのルールや技術用語は英語で受け入れられました。日本語に無い音は置換され、アクセントが置かれる位置は我々になじみ易いように変えられ、分解して日本語の中に取り込まれて使われているものも多くなっています。
我々には英語を使いたいという気持ちもあるんでしょうね。一般的に、和訳できそうな言葉でもあえて英語を使ったり、さらには、わざわざ英語に訳したり、英語で名称をつけようとする傾向があるのは確かです。一言で簡潔に言いたい、スポーティーに言いたいという意図からでしょうけど、問題は英語のように見える造語や、明らかな誤訳。よくある例は、飛距離で凌駕された事を言いたいときの「オーバードライブ」。もし、英語で言いたいならアウトドライブ(outdrive)です。
「ハンドル」とか「ナイーブ」のように明らかに日本語化しているとわかる言葉遣いについては、生き生きとした会話の中でわざわざ言い換える必要なないと私は思いますが、アメリカのゴルフ専門局である我々の放送で、英語であると誤解されるおそれのある言い方は使えません。
言葉の妥当性にこだわらないでいると、本当に伝えたいものがあるときに伝わらなくなってしまうのではないかと、私はおそれているのであります。